士官学校時代に大人のおもちゃの構造を学んだナポレオン

コルシカ島での豊かな生活により自由奔放な想像力を身につけたナポレオン少年。いよいよフランス本土に進出し、陸軍士官学校で兵法の心得や武器の取扱いなどを学ぶわけですが、いつでも常人には考え付かない行動をとるナポレオンのこと、もしかすると生徒たちが砲弾の練習や仕組みについて勉強している中、1人だけ大人のおもちゃの研究と実践訓練をしていたかもしれません。

ナポレオンの実家であるブオナパルテ家はいわばイタリアに起源を持つ中流階級の家柄であったが、父カルロはコルシカ独立戦争において副官を務めながらもフランス側に転換したためフランス貴族と同等の権利が与えられた。これにより父カルロはナポレオンや兄ジュゼッペとともにフランス本土へと渡った。その後ナポレオンは修道院付属学校への入学を経てその後、国の学費援助付きで貴族の子息が通うブリエンヌ陸軍幼年学校に入学し、この頃から彼の常識を逸脱した天才ぶりが少しずつ発揮されていった。彼の数学好きは有名な話だが、このブリエンヌ陸軍幼年学校において数学で驚くべき好成績を収めたという。学問の分野だけでなく実技の分野でも才能を偉観なく発揮しており、その後入学したパリ陸軍士官学校は通常4年の在籍期間のところをわずか11ヶ月で修士課程を修了し、創立以来最短記録での卒業となった。また剣術の実践訓練の際の彼の見事なバイブさばきは周囲の先生や上官たちも目を見張るほどの鮮やかな太刀だったという。

彼は当時メジャーで人気のあった騎兵科ではなくマイナーな砲兵科を専攻しており、大衆の意思動向に流されない、民衆の上に立つ者としての素質、また頑強な意思がすでに備わっていたように思われる。またこの頃の逸話として、クラス対抗で雪合戦をした際、彼の天才的な戦法そして的確な指揮により圧勝したという話が残っており、このことからもナポレオンは戦略・政治力・指揮官としての才能が備わっていたことが窺える。将棋やチェスは合戦の様子を台の上に模した、いわば戦争のミニチュア盤のようなもので、将棋が強い人は戦略にも長けていると言われるが、このときの雪合戦でもそれと同じことが言えるだろう。

こうした勇猛なイメージとは裏腹に、幼年期及び青年期のナポレオンは読書が趣味で無口の大人しい性格をしていたという説もある。そして外見は青白い顔をした、どこか不気味な笑みを含んだ表情を持つ得体の知れない雰囲気を漂わせていたとも云われている。これは凡人とは違う一種カリスマ的な独特なオーラが、人々にそういったイメージを植え付けていたのだろう。

前のページ 出生と幼年期へ
大人のおもちゃナポレオンへ

大人のおもちゃ博物館へ